天童よしみの母親や父親について!結婚歴や本名・血液型を調査!

こんにちは、ハナです。

 
 

12月31日に行われる「紅白歌合戦」に、

出場が決まっている天童よしみさん。
 
  

歌番組やバラエティ、そして

のど飴のCMなど、よく見かける演歌歌手さんですね。

 
 

今回は、そんな天童よしみさんについて、

ご両親や結婚歴、そして本名や血液型を

チェックしていきます!

 

どうぞ宜しくお願いします!

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天童よしみさんの血液型、プロフィール

引用元:http://www.sankei.com/entertainments/photos/151028/ent1510280002-p2.html

引用元:http://www.sankei.com/entertainments/photos/151028/ent1510280002-p2.html

 

本名:吉田芳美(よしだよしみ)

生年月日:1954年9月26日

年齢:63歳(2017年11月時点)

出生地:和歌山県田辺市芳養(はや)町

出身地:大阪府八尾市(4歳で引っ越し)

血液型:B型

 
 

天童よしみさんと言えば、

「ヨンドンサリの~ねがいは1つ~」

という歌詞が思い浮かぶのですが、

これは「珍島物語」という曲で、

天童よしみさんが10年のブランクを経て発売し、

約130万枚のヒットを出した曲でした。

 
 

10年間のブランクって長いですし、

よくそこで挫折しなかったなあと思いますね。

 
 
 

というのも、天童よしみさんは、

7歳の頃からのど自慢大会の出場し、

「のど自慢荒らし」と呼ばれていたそうで、

歌うことに関しては、幼い頃から

プロ並みだったのだそうです。

 
 

そして、17歳で歌手としてプロデビューされます。

 
 

しかし、ヒットに恵まれない時期を経験し、

大阪に戻り、歌謡教室で

歌を教えながら細々と歌手活動することに。

 
 
 

そして、30代に突入し、「道頓堀人情」を

発売したときには、北海道から福岡まで、

1ヶ月で300件もの営業をしたそうです。

 
 

その血汗にじむ努力のかいあってか、

有線放送で、人気が出始め、

徐々に天童よしみさんの歌声が全国に広がりました!

 
 
 

39歳であった1993年には、紅白に初出場。

 
 

そして、先程の「珍島物語」で人気を不動の

ものになっていきました。

 

 
 

演歌に興味を持っていない10代だった私でも、

この曲ははっきり覚えているくらいなので、

よほど爆発的に売れたのだと思います。

 
 

その後は、アニメのアフレコや、

テレビの歌番組やバラエティなど活躍の場を広げられています。

 
 
 

「なめたらアカン、なめたらアカン、人生なめずに飴なめよ」

ののど飴のCMは知らない人がいないくらいですよね。

(この歌詞は、「道頓堀人情」の替え歌です)

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天童よしみさんの母親や父親について

一度は「都落ち」を経験しても、

歌手活動を続けられたのは、

天童よしみさんのご両親の影響や支えが

とても大きかったようです。

 
 

いったいご両親はどんな方だったのでしょうか。

 
 
 

父親について

天童よしみさんの父親は、「吉田義行」さん。

 
 

天童よしみさんの本名である「芳美」は、

出生した時に住んでいた「芳養」から1文字取って

父親が名付けたそうです。

 
 
 

和歌山県でバス会社につとめていましたが、

大阪でタクシー会社に勤務するため、

天童よしみさんが4歳の時に引っ越し。

 
 

義行さんご自身、歌やサックス演奏が趣味で、

天童よしみさんも父親の影響で

歌が好きになったのだとか。

 
 
 

天童よしみさんがデビューし東京に行ったときには、

「戻ってくるな」という言葉も書けたそうですが、

毎日電話して励まされていたそうです。

 
 

そして天童よしみさんが20歳で仕事に行き詰まっていた頃、

大阪に帰ってくるように説得したのも父親。

 
 
 

その後天童よしみさんが再出発し、

紅白歌合戦に出場したときには、

義行さんも駆けつけたそうです。

 
 

しかし、人気が不動のものとなっていた2008年、

義行さんは大腸がんのため78歳でこの世を去られます。
 

母親について

また、天童よしみさんの母親「吉田筆子」さんは、

天童よしみさんが10代で東京に行った時に、

一緒に東京にいき生活していたそうです。

 
 

しかし、仕事がなく、大阪に帰ることに。

 
 

そのときには、父親が大阪からトラックに

乗って駆けつけ、3人で一緒に夜中かけて

大阪に帰宅。

 
 

その時母親は、天童よしみさんの寂しそうな顔を見て、

絶対に東京に戻ることを誓ったと言います。

 
 
 

再出発には、10年かかりましたが、

その間にも娘の才能を信じ、

必死に支えて来られたそうです。

 
 
 

母親とは二人三脚で40年以上歩みつづけ、

父親の深い愛情に支えながら

現在の天童よしみさんがあるのですね。

 

調べていて、とても胸が熱くなりました。

天童よしみさんの結婚歴は?旦那や子供はいる?

歌もとてもうまいのはもちろんのこと、

見た目もかわいらしくてキャラも人気の

天童よしみさん。

 

ご結婚はされているのか気になりますね。

 
 
 

天童よしみさんが結婚されているのか

結婚歴を調べてみたところ、

独身を貫いていらっしゃるようです。

 
 
 

確かにこれまで結婚や離婚、そして

旦那さんのことを聞いたことがありませんでした。

 
 
 

一般的に恋愛したりや結婚適齢期と言われる20代は、

売れない日々を過ごし、

恋愛のことを考える余裕がなかったのでしょうか。

 
 

そして、30代となると再出発し、

営業や仕事などで、恋愛や恋人と

ゆっくり過ごす時間がなかったのかも

知れませんね。

 
 
 

だって、「道頓堀人情」は

発売したときには、北海道から福岡まで、

1ヶ月で300件もの営業ですよ。

 
 

歌と移動の繰り返しですし、

売れるかどうかわからないと

不安になることもあるでしょうし、

どう考えても男性のことを考える余裕は

なさそう・・・と想像します。

 
 

もし、どなたかいらしたとしても、天童よしみさんは

不遇の時代を乗り越え、かなり努力してこられた方なので、

相手となる方もどんな人でもってわけにはいかなさそうです。

 
 

とはいっても、天童よしみさんが今お幸せなら、

それに越したことはないと思います。

 
 

今後も、演歌歌手として素敵な歌声を

響かせてほしいですし、

幅広いご活躍を応援しています。

 

紅白歌合戦も楽しみですね。

 
 

では、最後まで読んでくださって、

ありがとうございました!

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