アラーキー(荒木経惟)の年齢や経歴は?妻陽子の死因や子供は?

こんにちは、ハナです。

世界的に著名な写真家、アラーキーこと

荒木経惟(あらきのぶよし)さん

 
 

といいつつ、あまり知らなかったのですが、

荒木さん専属の元モデルの女性KaoRiさん記事によって

どんな方なのか調べてみたいと思いました。

 
 

今回は、アラーキーさんの年齢や経歴、

妻陽子さんの死因や子供などの情報

ついて書きたいと思います。

 

関連記事⇒KaoRi.(荒木経惟元モデル)の本名や年齢は?顔画像や経歴は?
スポンサードリンク

アラーキー(荒木経惟)さんのプロフィール

 

荒木 経惟(あらき のぶよし)

生年月日:1940年5月25日

年齢:77歳(2018年4月時点)

出身地:東京都

高校:東京都立上野高等学校

大学:千葉大学工学部写真印刷工学科

 

アラーキー(荒木経惟)さんの経歴

1963年(昭和38年) – 千葉大学工学部写真印刷工学科を卒業後、電通に宣伝用カメラマンとして就職。

1964年(昭和39年) – 写真集「さっちん」にて、第1回太陽賞受賞。荒木の名を世に知らしめるきっかけとなった。

1971年(昭和46年) – 同じく電通に勤務していた青木陽子と結婚。

1972年(昭和47年) – 電通を退社。フリーになる。

1974年(昭和49年) – 東松照明、細江英公、森山大道、横須賀功光、深瀬昌久らと「WORKSHOP写真学校」の設立に参加。

1988年(昭和63年) – 安斎信彦、田宮史郎と事務所「AaT ROOM」設立(三人の頭文字から命名)

1990年(平成2年) – 「写真論」「東京物語」にて第2回写真の会賞受賞。

1992年(平成4年) – 「空景/近景」にて第4回写真の会賞受賞。

1999年(平成11年) – 織部賞を受賞。

2008年(平成20年) – オーストリアより科学芸術勲章を受賞。

2011年(平成23年) – 安吾賞を受賞。

2013年(平成25年) – 毎日芸術賞特別賞を受賞。

出典:Wikipedia

 
 

もともとは電通マンだったんですね。

 
 

太陽賞を受賞した「さっちん」は、

もともと大学時代に撮った昭和の東京の

子供たちの写真だったそうです。

 

大学時代には、世の中に通用するような写真を

すでに撮られていたということでしょうか。

 

写真家というと、中年の方をイメージしますが、

24歳で知名度を上げるとは若き新鋭だった

のでしょうね。

 
 

これまでに400冊以上の写真集を発表し、

その種類は、ヌード写真や人物写真、

都市写真やスナップ写真などジャンルを

飛び越えて多岐にわたっています。

スポンサードリンク

アラーキー(荒木経惟)さんは妻は陽子さん!

アラーキーさんは、1971年7月7日に

同じ電通社員だった青木陽子さんと結婚しています。

 
 

陽子さんは、アラーキーさんの7つ年下で、

東京都立白鴎高等学校を卒業後、電通に入社。

 

挙式は青学会館で行われ、その時には

陽子さんのヌードが披露宴で映し出されたそうです。

 
 

さて、アラーキーさん作品には、陽子さんと共著のものや、

陽子さんが登場する写真集も多くあります。

 

共著の作品の中には、「東京日和」という

写真&エッセイ集は人気があり、竹中直人さんと

中山美穂さんが主演で映画化もされています。

 

また、その写真集は次のようなものがあります。

「センチメンタルな旅」(1971年、自費出版)

「わが愛、陽子(ソノラマ写真選書7)」(1978年、朝日ソノラマ)

「センチメンタルな旅・冬の旅」(1991年、新潮社) – 棺に収められた陽子の遺体写真が掲載されたことで大きな問題になった

「荒木経惟写真全集 陽子」(1996年、平凡社)

その中には、日常の写真もあれば、

全裸の写真などもあるのです。

 
 

そうやって撮り続けることに対し、

次のように書かれているものがありました。

「私は、よく妻を撮ります。台所で料理をしているところとか、酔っぱらってダウンしちゃったところとか、トイレでウ〇コしているところとか、なんでも撮ってしまいます。なんでそんなに妻を撮るのかというと、ジャジャジャジャーン、私は妻を愛しているからです。写真は、まず自分が愛しているものを撮ることから始めなくてはいけません。そして撮りつづけていなくてはいけません。(中略)自分が愛しているものを撮りつづけていると、その写真のなかに自分の気持ちまでが写るようになります。写真というものは、撮った人の気持ちまでもが写ってしまうものなのです。コワインだぞー、写真って、自分がバレちゃうんだから。」

 

理由は、「妻を愛しているから」

 
 

一般的に考えるとぞっとしますが、

陽子さんもそれには違和感は感じ

なかったんでしょうか。

 

ちょっと疑問が残ります。

 
 

KaoRiさんの記事にも、荒木さんは奥様の、

「撮られたくない、公にされたくない」

という気持ちを知っていたはずと

書いてあったので、陽子さんも

傷ついたところはあるのかなと推測します。

 
 

アラーキーさんと陽子さんの出会いから

生活のことまでは、こちらの本で

詳しく書かれているそうです。

 

アラーキーさんの妻陽子さんの死因は?

そんな陽子さんは、1990年1月27日に

42歳の若さで亡くなられています。

 

この時荒木経惟さんは、亡くなった陽子さんを

撮影し、世間に衝撃を与えたみたいです。

 
 

陽子さんの死因は、『子宮肉腫』でした。

 

子宮肉腫とは、子宮体部にできる悪性腫瘍で、

同じく子宮体部にできる悪性腫瘍である

「子宮体癌」に比べて、発生率はわずか数%。

 

発生すると、予後が不良となるそうです。

 
 

42歳、まだまだやりたいこともあるし、

とても若いですね。

とてもお辛かっただろうと思います。

アラーキー(荒木経惟)さんに子供はいる?

アラーキーさんと陽子さんの間には、

子供さんはいません。

 

「息子」というキーワードが検索されている

ようですが、息子さんはいません。

 

子宝に恵まれなかったそうです。

 
 

もし子供がいたら、また違った写真集が

生まれていたでしょうね。

 

では、最後まで読んでくださってありがとうございました。

 

関連記事⇒KaoRi.(荒木経惟元モデル)の本名や年齢は?顔画像や経歴は?

スポンサードリンク
スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。